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大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)450号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 鈴木肇

右訴訟代理人弁護士 田中治

同 萩森守

被控訴人(附帯控訴人) 岩崎秀和

被控訴人(附帯控訴人) 岩崎修三

右両名法定代理人親権者父 岩崎昇

同母 岩崎フジ子

右訴訟代理人弁護士 寺崎文二

主文

本件控訴を棄却する。

附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)岩崎秀和に対し金一三二、七四二円、被控訴人(附帯控訴人)岩崎修三に対し金一二五、四七二円および右金員に対する昭和三七年一二月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)らのその余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、これを二分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、その余を被控訴人(附帯控訴人)らの負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人以下単に控訴人という。)訴訟代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という、)らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」旨の判決および附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は控訴棄却の判決および、附帯控訴により「原判決中被控訴人らの敗訴部分を取り消す。控訴人は、被控訴人岩崎秀和に対し金三九二、七四二円、被控訴人岩崎修三に対し金四四五、四七六円および右各金員に対する昭和三七年一二月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次のとおり補足するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。(ただし、原判決三枚目裏、 行目に「物的損害」とあるを「財産的損害」と訂正する。)

被控訴人ら訴訟代理人は、

一、本件事故が起つた地点の道路の巾は六メートルあり、控訴人が右道路の中央の白線より左側(東側)を運行しておれば本件事故は起つていなかつた筈である。ところが控訴人は対向車である訴外津村勉の運転する車が道路中央の白線より左に、すなわち控訴人の進路上に侵入したと錯覚してハンドルを右に切つたため本件事故が惹起せられたのである。

仮に津村が道路中央より左に侵入していたか或は控訴人がそのように錯覚したとしても、道路の左側の巾が三メートルあり、かつ控訴人の運転する車も津村の運転する車も共に巾のない軽自動車であるから、控訴人がハンドルを左に切れば十分に本件衝突事故を避けえたのである。しかるに控訴人がハンドルを右に切つたため本件事故を惹起したのであつて、本件事故は控訴人の過失に因るものである。

二、訴外津村は右道路の中央より左側に出ていないのであるから、同人には本件事故について何らの過失はないのであるが、仮に津村に過失があつたとしても、当時被控訴人秀和は一〇才、同修三は七才の子供であつたから、津村の車に同乗したことについて被控訴人らに過失ありとして過失相殺を認めることは不相当であり、控訴人の過失相殺の主張は理由がない。

三、被控訴人らは右津村には本件事故について過失はないと信ずるので、控訴人に対してのみ本訴請求をしているのであつて、津村にも過失の責任があると認めながら、同人の本件事故についての損害賠償債務を免除したことはない。

四、被控訴人らは本件事故に因る負傷のため一ヶ年間の治療を要し、学校も休校し、多大な苦痛を受け、殊に被控訴人修三は除去しえない見苦しい傷痕を残しているのであるから、原判決が認容した慰藉料の額は過少で、その慰藉料の額は被控訴人らが原審で主張したとおり、被控訴人秀和に対しては金三〇万円、被控訴人修三に対しては金四〇万円が相当である。よつて控訴人に対し、原判決が認容した慰藉料のほかに、さらに、被控訴人秀和に対し金二八万円、被控訴人修三に対し金三五万円および右各金員に対する本件不法行為の後である昭和三七年一二月三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、

控訴人訴訟代理人は、

一、本件事故の発生については被害者である被控訴人らについても過失が認められるべきである。すなわち民法七二二条二項にいう過失を斟酌するには、被害者たる未成年者に事理を弁識するに足る知能が具わつておれば足り、未成年者に対し不法行為責任を負わせる場合のごとく、行為の責任を弁識するに足る知能が具わつていることを要しないものと解すべく(昭和三九年六月二四日最高裁判所大法廷判決参照)、被控訴人らは当時既に交通の危険性について十分知つていたのであるから、本件損害賠償額を算定するにつき被控訴人らが津村の運転する軽自動車に多数同乗した過失は斟酌せらるべきである。

二、本件事故発生は少くとも控訴人の過失と右津村が被控訴人らおよび小児一名を軽自動車に乗車せしめて不安定な運行を続けた過失に基づくものであつて、控訴人と津村は共同不法行為者として連帯して本件事故に因る損害賠償債務を負担すべきものであるところ、被控訴人らは津村が親戚関係にあるので、同人に対し損害賠償債務を免除した。したがつて控訴人も民法四三七条により全損害額の半額についてはその責を免れることとなる。

と述べた。

当事者双方の証拠の提出、援用、認否は原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一、被控訴人ら主張の日時その主張の場所において被控訴人らの同乗する訴外津村勉の運転する軽自動車と控訴人の運転する軽自動車が衝突し、その事故に因り被控訴人らがその主張のような負傷をしたことは当事者間に争いがない。

二、しかして、当裁判所も右事故発生について控訴人に過失があつたものと認める。

その理由は原判決理由(原判決四枚目裏末行から五枚目裏六行目まで)に記載のとおり(ただし、五枚目一一行目から一二行目の「認められる。」の次に、「右認定を覆えすに足る的確な証拠はない。」を加える。)であるから、ここにこれを引用する。

三、そこで被控訴人ら主張の損害について考察する。

(一)  財産的損害

被控訴人ら主張の財産的損害のうち、被控訴人修三が今後治療費になお金二万円を要するとの点を除き、その余は全部控訴人の認めるところであり、同被控訴人は本件傷害のため今後なお右の額の治療費を必要とすることは成立に争いのない甲第一一号証により認められる。

(二)  慰藉料

≪証拠省略≫を綜合すると、本件負傷当時被控訴人秀和は一〇才一一月、被控訴人修三は八才三月の小児で、被控訴人らは本件事故による負傷のため約三ヶ月明石市立市民病院に入院し、その後も昭和三六年四、五月頃まで大阪市東成区所在の山崎病院で治療を受け、その間多大の苦痛をなめ、長期間小学校を休んだこと、被控訴人秀和はようやく負傷も治癒したが、被控訴人修三はなお入院手術を必要とし、同被控訴人の左足下部の負傷部分の傷痕は消去しえないものであること、控訴人は愛媛大学工学部電気工学科を卒業後明石市所在の大和製衡株式会社に電気技術員として勤務し月収約一五、〇〇〇円を得ている独身者で休日に友人とドライブに出かけ本件事故を惹起し、自らもまた負傷し約二五日間入院したことが認められ、これらの事実と前段および後段に認定の本件事故発生の事情、その他本件証拠にあらわれた一切の事情を考慮し、被控訴人らが本件事故によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は、被控訴人秀和に対しては金四万円、被控訴人修三に対しては金八万円が相当と認める。

四、次に控訴人の過失相殺の主張について判断する。

≪証拠省略≫を綜合すると、前記津村は、その運転する軽自動車の前部ガソリン台の上に小児一名を、後部荷台に被控訴人ら両名を同乗せしめて北進し、本件事故発生地点にさしかかつた時前方より控訴人の運転する軽自動車が道路の中央の白線から僅かに右寄り(東寄り)にかなりの速度で南進して来るのを認めながら、衝突の危険を避けるため減速し或は道路西側に避譲する等適当な処置をとることなく、漫然道路の中央の白線からやや西寄りに進行し、控訴人の車と接近するに従い危険を感じたが、被控訴人ら小児三名を同乗せしめていたので対向車との接触を避けるための適切な措置をとることができず、不安定な運行を続けたことが認められ、(右認定に反する原審証人津村勉の証言は前記証拠に照し信用しえない。)右津村も本件事故発生について過失の責を免れえないものというべきであるが、右津村の過失を捉えて被控訴人らの損害額の算定につき斟酌すべき事由となしえないことはいうまでもない。また被控訴人らが津村の車に多数で乗車したことは本件事故の遠因をなしたものというべきであり、民法七二二条二項により未成年者たる被害者の過失を斟酌するためには、その未成年者に事理を弁識するに足る知能が具わつておれば足り、未成年者に対し不法行為責任を負わせる場合のごとく行為の責任を弁識するに足る知能が具わつていることを要しないものと解すべく、前示のとおり本件事故当時被控訴人秀和は一〇才一一月同修三は八才三月の小児であつて、交通の危険についてはこれを弁識するに足る知能を具えていたものと推認しえられるが、もとより一般成人と同様の社会共同生活上の注意義務を期待しうべくもなく、被控訴人らが他の小児一名とともに津村の車に同乗したことをもつて右注意義務を缺いたものとして過失相殺を認めることは相当でないから、控訴人の右主張は採用しない。

五、控訴人は、さらに、本件事故は少くとも控訴人と津村勉のそれぞれの過失に因り発生したのであるから、控訴人と津村は共同不法行為者として本件損害賠償債務を負担すべきところ、被控訴人らは津村に対しその損害賠償債務を免除したから、民法四三七条により控訴人は損害額の半額についてその責を免れた旨主張するけれども、全証拠によるも被控訴人らが津村に対し本件損害賠償債務を免除した事実を認めることができないから、控訴人の右主張も採用しえない。

六、そうすると、控訴人は、財産的損害および慰藉料として、被控訴人秀和に対し金二三二、七四二円、被控訴人修三に対し金二二五、四七二円をそれぞれ支払うべき義務があるところ、被控訴人らが自動車損害賠償保険により各内金一〇万円の支払を受けたことは被控訴人らの自認するところであるから、控訴人は被控訴人秀和に対し金一三二、七四二円、被控訴人修三に対し金一二五、四七二円および右各金員に対する本件不法行為の後である昭和三七年一二月三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、被控訴人らの附帯控訴による本訴請求は右の限度において正当であるから、これを認容し、その余はいずれも失当として棄却すべく、これと異る原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条九二条九三条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野田常太郎 裁判官 柴山利彦 宮本聖司)

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